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礼拝説教要約(20171112日)

「神の約束は実現する」     
    聖書・創世記2118

 皆さんのお父さん、お母さんは何歳ですか。20歳代、30歳代、40歳代。私は30歳代で父親になりました。つい先日、孫が生まれ70歳代で、おじいちゃんになりました。100歳頃になったら、曾おじいちゃんになれるでしょうかね? でもそれは、神様だけがご存知です。命に対しては神様だけが権威を持っておられるのですから。

 さて、アブラハムが神様から「全人類の祝福の源となる」との約束を頂いたのが75歳の時でした。アブラハムはもちろん嬉しかったけれど、「エッ、今から子どもが与えられるの!」と驚いたでしょう。それでもアブラハムは神様のお言葉を信じたのです。そしてどこに行くのかもわからず、神様の導きのままに旅立ちました。それから約束の地を求めてカナン地方、エジプト等、色々な所を旅しました。そして約束の地と信じて落ち着いた所がカナンの地だったのです。そしてアブラハム100歳、妻のサラ90歳となった時が、今日の聖書の箇所です。どうですか、この歳で子どもが生まれますか?

 でも、1年前に神様が、アブラハムとサラの家に来られました。その時の1番の目的は、先週学んだ「罪に満ちた町・ソドムを滅ぼすため」でした。それとともに、もう無理と思っているアブラハムに、「わたしの約束は必ず実現するのだよ」ということを知らせるためでもありました。

 神様が「わたしは来年の今ごろ、必ずここに来ますが、そのころには、あなたの妻のサラに男の子がうまれているでしょう。」(創世記18:10)と言われました。もちろんその時、アブラハムは25年前ならいざしらず、この歳になっては、もう無理、と思う気持ちもありました。サラも天幕の後ろで、この事を聞いて「クスクス」と笑いました。「自分は89歳、こんなおばあちゃんになって、いまさら子どもが産めるはずがない。夫のアブラハムは99歳よ」と思ったのでしょう。でも神は「なぜサラは笑ったのか。なぜ年をとった自分に子どもが生まれるはずがないと思ったのだ。主()に不可能なことがあろうか。来年の今ごろ、わたしはここに戻ってくる。そのころ、サラには必ず男の子が生まれている。」(18:13~14)と断言なさいました。それで、神の全能を疑ったことが恐ろしくなりました。そして、もう一度、信仰を取り戻し、神には出来ないことは無い。神は何でもできる。だから神なのだ。まして、ご自身が約束なさったことを違えることなど決してないと信じたのです。

 そのとおりに、アブラハムとサラに男の子が生まれました。「彼女は身ごもり、年老いたアブラハムとの間に男の子を産んだ。それは、神が約束されていた時期であった。」(:2) その子の名は「イサク=笑う」と名付けなさいと、神様が言われたとおりに名付けられました。もう、疑いの心でクスクス笑うのではなく、心から感謝して、神の祝福を笑い喜んだのです。

 人は皆、神様によって命を与えられて生まれてきます。あなた方も皆、神様のご計画で、それぞれの家庭に生まれてきたのです。そして、与えられているものも神様のご計画です。美貌の人、そうでもない人、背の高い人、低い人、足のなえた人など、障害をもって生まれたとしても、神様のご計画の中にあります。そして神様のご計画と信じて受け取るとき、持って生まれたものを通して、必ず幸せになれるのです。神様の全能を、そして愛を信じましょう。

(子ども祝福式の合同礼拝の日に)

彼は希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じ、「あなたの子孫はこのようになる」と言われたとおりに、多くの民の父となりました。そのころ彼は、およそ百歳になっていて、既に自分の体が衰えており、そして妻サラの体も子を宿せないと知りながらも、その信仰が弱りませんでした。彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなことはなく、むしろ信仰によって強められ、神を賛美しました。神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していたのです。(ローマの信徒への手紙418~21)

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