行事案内

礼拝説教要約(2016626日)

「背後で働かれる神」     聖書・使徒言行録281723

 パウロはキリストを宣べ伝えるようになってから、何回も捕らわれ、獄屋につながれました。牢獄に入れられるって、どんな気持ちなのでしょうね。でも、パウロはキリスト者として捕らえられることを避けようとはしませんでした。かえって、そこが福音の証の場となることを喜んでいたようにも思えます。第2回目の伝道旅行でヨーロッパ伝道がスタートしました。その最初の地がフィリピでした。ここでパウロたちは捕らえられ投獄されました。しかし、獄屋につながれてもパウロたちはいつもと変わりなく、讃美し、祈っていたのです。この主への信頼から来る平安が、周りの人々に不思議を与え、奇跡を引き起こしたのです。

 626日という日は、私にとっては獄屋と深い関わりのある日なのです。1ヶ月ほど前に、「キリスト者と呼ばれた」の説教で、日本でも国による迫害があったことを語りました。1942626日、第2次世界大戦時にホーリネス系の伝道者が一斉検挙されたのです。私に洗礼を授けてくださった恩師もその一人でした。日本では裁判の場で、パウロたちのように、キリストを宣べ伝えることは出来ませんでした。しかし、恩師のように戦争が終わり、免訴となったとき、又以前と変わりなく伝道者として大部分の人が活動なさったのです。だから、私はこの先生によって導かれました。この投獄のため殉教死した人もおります。私の神学校時代の校長は、殉教した牧師のご子息で、お父様と同じ伝道者の道を歩まれた人です。このように日本でも、投獄されても主キリストへの信頼は揺るがず、主を褒め称え続けた人々を見ることが出来ます。

 パウロは3回にわたる伝道旅行の後、エルサレムの神殿で「律法と神殿を無視し、汚している者」(21:28)として捕えられました。それは最高法院、また、ローマ総督フェリクスやフェストウス、アグリッパ王という人々の前で、キリスト教を宣べ伝える機会となりました。「アグリッパはパウロに言った。『短い時間でわたしを説き伏せて、キリスト信者にしてしまうつもりか。』パウロは言った。『短い時間であろうと長い時間であろうと、王ばかりでなく、今日この話を聞いてくださるすべての方が、私のようになってくださることを神に祈ります。このように鎖につながれることは別ですが。』」(26:28~29)との会話には、王と捕らわれの身という立場の大きな差があるにもかかわらず、パウロには余裕さえ感じます。    

それは、背後で神が働いていることを知っているからです。見た目における単に人との関係だけではないのです。イエス様が風や波に対して、「静まれ」と命じ治められたように、神は自然をも含め、総てを統治しておられるお方です。このようなお方が私たちの味方であれば、誰が私たちに敵対できるでしょうか。誰も私たちに勝利し得る者はいません。主を褒め称えましょう。

 パウロはローマの市民権を用い、ローマ皇帝に上訴しました。そのため、囚人として護送されることになりました。しかしこの一行が嵐に遭い、慌てふためく船長や百人隊長に代わり、兵士や水夫、囚人の命を守ったのはパウロでした。「『パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。』ですから、皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります。」(27:24~25)と、神の天使から告げられたことを話し、元気付けます。そしてそのとおりとなり、皆の信頼を勝ち取って行ったのです。そのようなこともあったからでしょう、ローマでは囚人とはいえ「パウロは番兵を一人つけられたが、自分だけで住むことを許された。」(28:16)という軟禁状態となりました。「パウロはおもだったユダヤ人たちを招いた。…ユダヤ人たちは日を決めて、大勢でパウロの宿舎にやって来た。パウロは、朝から晩まで説明を続けた。神の国について力強く証しし、モーセの律法や預言者の書を引用して、イエスについて説得しようとしたのである。」(:1723)とあるように、伝道も自由に出来たのです。

 この時代、「世界の道はローマに通じる」と言われた時代です。パウロにとって、ローマに行き、そこで福音を語ることは、ローマからの道を通って、全世界へ福音を伝えられるとの幻が見えていたのでしょう。

 神の御旨の中に歩いていると確信できる時、全てのことは讃美へと変わって行きます。そうです。讃美はキリスト者の力です。ローマでは多くの激しい迫害がありました。しかし、ローマの信徒たちはパウロたちが獄屋の中でも、祈り、讃美した証を持っていました。それゆえ彼らも、祈りと讃美をもってその苦難を乗り越え、ついにローマをキリスト教の国にしたのです。讃美の力は何と大きなことでしょう。今日は讃美奉献礼拝です。捧げられるピアノ演奏に心を合わせ、私たちも心から、背後で働かれる主を褒め称えましょう。

新着情報











Copyright(c)Okamura Church All Rights Reserved.