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  礼拝説教要約(2015年2月15日)

「成熟を目指して」     聖書・ヘブライ書6:1〜8

 毎日食事を摂っておられますか? ここに居られる大部分の人は、もう成長しないでしょうけど、摂らないと、衰弱、老化が進んでしまいます。肉体の糧も摂らねばなりませんが、毎日、霊の糧は食べていますか。霊の糧を食べなければ霊性は成長しません。「生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。これを飲んで成長し、救われるようになるためです。」(Tペトロ22)とあるように、肉体は20才代で成長が止まりますが、霊性はイエス・キリストの姿にまで成長し続けるのです。

 でもいつまでも、乳飲み子であっても悲しいことです。楽に飲める乳だけでなく、固い食物をも噛んで食べなさいと前章では勧めています。

 では、霊的に「乳」とは何でしょう? 既に皆さんもご存知の通り、大きい意味では「聖書の言葉」です。しかし、今日の意味するところは、固い食物に対比した「キリストの教えの初歩」であります。「初歩」と言っているからといって、軽視して良いというわけではありません。福音の「基本的な教え」と書いてあります。基本、土台こそ最も大事なものであります。

 昨年、テニスがブレイクしました。錦織圭選手が多くの試合に勝利し、今まで日本選手が到達したことのないランキング世界5位にまでなった影響のようです。錦織選手に新しく付いたマイケル・チャンコーチは、基本を大事にし、繰り返し指導されたそうです。基本練習は面白くないし、辛いものです。でも基本を大事にしたからこそ勝利したのです。私もテニスをしていますが、基本練習はそこそこにして、すぐ試合で楽しんでしまいます。これでは強くなれません。イエス様も、例え話で、家の土台がしっかりしていなければ、家が壊れてしまうように、信仰も土台が大事だと教えられました。しかし、運動と違って信仰の土台は、消えたり、忘れたりすることはないのです。「一度光に照らされ、天からの賜物を味わい、聖霊にあずかるようになり、神のすばらしい言葉と来るべき世の力とを体験し」(45)とあります。「一度」とは、イエス様が十字架の上で成し遂げてくださった贖いの業を、洗礼として受け止めるような、一回限りの特別な体験ということでもあります。ですから、「私の洗礼は間違っていました」と否定しない限り、消えることはないのです。そしてこの一度限りの体験を否定してしまったら、イエス様の十字架の死が一度限りであると同様に、救いの恵みに復帰することはできません。でもこの福音の基本は、運動の基本練習のように辛いものではありません。それどころか、神から与えられる愛であります。その恵みを受ける感謝な、嬉しいことでありますから、基本に留まり続けたいと誘惑を受けてしまいます。だからあえて「初歩を離れて、成熟を目指して進みましょう。」(2)と言っているのです。前回も言いましたように、「受けるよりは与える方が幸い」「愛されるよりも、愛することを」という更に優る恵みを、主は私たちに味わって欲しいと願っているのです。

 「死んだ行い」を「命の行い」と比較すればわかるように、滅び・死をもたらす人間の罪の業から、命みなぎる神へ方向転換をする。これをもたらすのは「全能であり、愛である神」を信じ、自分を委ねる信仰であります。この神への確信は、絶対大丈夫との平安と喜びをもたらします。自分で修行努力するのじゃない、自分の罪を認め、キリストの十字架の死を、自分の身代わりに、神の裁きを受けてくださったと受け止め洗礼を受ける。これがキリスト教信仰の中心的基本であります。でも儀式は目に見えるしるしであって、内面に起こった霊による救いの確信こそ重要であります。この神の恩寵を覚えるとき、自分の生きる使命も示され、人は生きがいを得るのです。キリストの復活を通して、私たちの人生は地上で終えるのではないことも確信できます。神の計画である、エデンの園・人間の本来の姿を回復して、永遠なる神との交わりをも回復するのです。これらが信仰の基本であり、あなたは既に知っているはずです。この感謝と喜びに根ざして、今日のあなたがあるはずです。でもこれで信仰の完成ではありません。これは信仰のスタートです。だから、「神がお許しになるなら、そうすることにしましょう。」(3)と、基本を捨てるのではなく、これに根ざし、でも、この自分の恵み、喜び追求はひとまずそこに置いて、神の願っていることに進もうと言っているのです。

 「全世界に出て行って、すべての人に福音を伝える」その福音の種は既にあなたの心に蒔かれています。そして神の恵みの雨は注ぎ続けられています。また、神は農夫として、あなたの心を耕されます。霊の実を結び、福音宣教のため奉仕するなら、あなたはもっと大きな恵みを体験するでしょう。それこそ、私たちが目指さなければならない成熟への姿です。

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